ただ今帰省中。
新幹線に揺られてます。
BGMは…
方言指導テープ。
年明けに決まってるドラマは大阪弁。
商人(あきんど)の使(つこ)た、いわゆる「船場ことば」ゆうやつですねん。
大阪生活も次の春で10周年。
気づいたら人生の1/3を大阪で過ごしてるわけですが、
言葉っちゅーヤツはなかなか厄介なもんで、
ごちゃっとmixはされど、完全に染まることは無いわけでございます。
そりゃ10年近くもおったら普段はなんとなく大阪弁風に喋ってますけどね、
ほんならちゃんとした大阪弁を喋れるかゆうたら、答えは「否」なわけですよ。
ホント、僕は大阪生活長いくせに大阪弁が苦手です。
だから聴く。
ぶつぶつ唱えて反芻する。
=周りの乗客に変な人だと思われる(涙)
ホンマにね、コトバゆうのはその人のアイデンティティだと思うんです。僕は。
現代は、身分制度も無いしメディアや交通機関が発達したおかげで世界が「狭く」なって、コトバもなんだか混ざりつつあるけれど、
それ以前なら地域によって身分や職業によって時代によってコトバってのは歴然と違ったわけで。
いや、今でもそれが無いわけじゃないし。
ちょっと前までは、一貫したコトバを持たない自分に不安になったりもしたけれど、
最近じゃ「別にいっか。それが俺だよ」って思える。
ちょっとは大人になったのか、はたまたいい加減になったのか。
でもね、関東で過ごした20年弱も大阪で過ごした10年弱も、
すべては僕で、それを否定したくはないわけで。
その中途半端具合もアイデンティティと認めちゃえってなもんです。
しかしまあ芝居となると、話は別。
だって僕じゃないもの、物語に登場するのは。
だから聴く。
ぶつぶつ唱えて反芻する。
=周りの乗客に変な人だと思われる(涙)
いいもんいいもん、変な人でも。
気にしない気にしない。
…と、自分に言い聞かせて(笑)
でもこれがさ、これから地元に行ったら、
「大阪弁になってるぅ~、チョー面白い」
なんて反応だったりするんです。
面白いよね、そんな反応が。
「大阪弁喋られへんなぁ~自分」
と言われる自分と
「大阪弁じゃん、チョー面白い~」
と言われる自分と。
それが、どっちも僕で。
ちなみに、次の舞台も船場ことば。
2009年前半は船場ことばが課題になりそうです。
負けまへんでぇ~。
あ、見て見て!窓の外は一面雪景色!
滋賀すげー。